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わたしの事業承継物語①

このコラムは、あなたに役立てる知識か分かりません。

なぜなら、これは相続の知識の提供ではなく、単なる体験談だからです。

どんな話かというと、あるひとりの会社員が小さな会社の後継者となったストーリーです。

そのあるひとりの会社員とは?

私です。

プロフィール欄でも述べましたが、縁あって私は会社経営者になりました。

なかなか経験できることではないですし、事業承継経験者の声というのはあまり耳にする機会はありません。

そこで、ひとつのケースとして参考になればと思い、実際の出来事と感想をここでお伝えします。

どうぞ軽い気持ちでお読みください。

会社の跡継ぎがいない

現在、中小企業の後継者不足は、大きな社会問題となっています。

経済産業省の調べによると、2016年の全国の企業数は359万者。

そのうち中小企業が358万者。

占める割合は実に99.7%!

中小企業がこの国の経済活動の中心となっている、と言っても過言ではありません。

それにもかかわらず、ある調査では、その中小企業の約6割が後継者不在で次世代による事業の継続は不明、と言われています。

私が引き継いだ会社も、まさに後継者の候補がいませんでした。

いや、正確に言うと、いたんですが。

テスター屋とは

私が引き継いだのはどんな会社だったのか、簡単にお伝えします。

昭和47年に私の妻の父、義父が創業しました。

業種は予備車検場といい、自動車関連の方からは「テスター屋」とも呼ばれています。

業務内容は、自動車の車検を不備なく合格できるようサポートをする、というものです。

現代とは違い、昭和40年代の自動車はよく故障をしました。

きちんと点検整備をしないと、走る・曲がる・止まる、という自動車の基本的な安全が担保できない時代でした。

高まる自動車の普及率に合わせて、増え続ける交通事故。

そんな背景があり、年々、点検内容や基準も厳格化されていきました。

ですので、きちんと整備をした車輛しか車検に合格できません。

ところが、資金力がある大手ディーラーは車検整備をしたクルマが合格基準を満たすかを判断するための専用設備がありますが、個人経営の自動車工場は高額すぎて用意することができません。

したがって、車検に受かるような整備ができたのか判別できないのです。

そこで作業後のクルマを「テスター屋」へ持ち込んで、きちんと保安基準を満たして車検に合格できる状態まで整備ができたかのテストと確認をするのです。

そうして「まちの自動車屋さん」は安心して、うちは整備も車検もできますよ、と看板をあげて商売ができるわけです。

テスター屋とは、

自動車登録検査場の目の前に居を構え、

車検場とまったく同じ検査機器と検査作業員を用意して、

まちの自動車屋さんが持ってくるクルマが合格基準を満たしているかのテストをし、

もしも車検場で不合格になったクルマがあれば、どうにかして合格できるような施しを提供して、

その対価として手間賃を頂く。

これがテスター屋の仕事です。

突如失った跡継ぎ候補

その会社は、妻の両親と4人の従業員で営んできました。

義父が堅実な商売を続けていたおかげで、経営状態はとてもよかったです。

そんな会社を、2013年に急遽私が引き継ぐことになりました。

それまで一度も「テスター屋」の仕事をしたこともないのに。

義父には、上から長女・長男・次女と3人の子供がいます。

次女が私の妻です。

3人の子供たちはそれぞれが勤めを持ち、テスター屋へ勤務したことはありません。

いつか跡継ぎになる、という心構えも、きっとなかったものだと思います。

そこで義父は、永年にわたり共に働き信頼をしていた、ある従業員に会社を任せようとイメージをしていたようです。

ところがある日、その従業員が十数年間にわたり会社のカネを横領していたことが発覚します。

被害総額は定かではありませんが、想像するに数千万円。

ひとつの工場のお金の管理を任せていたことが原因です。

会社が用意した正規の領収証とは別に、自分が勝手に作った独自の領収証を発行し、毎日数万円を着服していました。

当然、その社員は解雇。

跡継ぎの予定者を失いました。

次々と降りかかってくる問題

そんな出来事から間もなく、総務経理を担当していた義母が体調を崩してしまいます。

病状からして、会社への復帰は困難です。

現場での右腕を失い、事務全般を任されていた義母がリタイア。

商売の先行きに、心細くなっていき始めた義父。

そんな矢先に飛び込んできた、自動車登録検査場の移転話。

数年後には遠方に移転をしてしまうため、我々もそれに合わせて社屋を移転しなければ、大幅に売り上げが落ちてしまいます。

会社をこの先どうするのか?という決断を早急に下さなければならない。

義母の体調は、日に日に悪化していく。

様々な環境の変化に、義父は疲れ果ててしまいました。

 

急遽選ばれた後継者

廃業か?

そうしたら従業員はどうなる?

同業他社との合併、または事業譲渡か?

後継者を探して事業継続か?

数千万円の設備投資をしても採算は合うのか?

その際の資金調達は?

すると新たに従業員を採用しなければならない。何人?どこで探す?

これらの答えを出すには高齢の義父には荷が重く、

ついには義父自身も身体を壊してしまいました。

誰か、義父のサポートをできる人はいないか?

そんな中で白羽の矢が立ったのは、末娘の夫である私。

当時勤めていた生命保険会社の前は約10年間、輸入車販売会社に勤めていました。

自動車整備業界のことが、まったく分からないわけではありません。

 

「おまえ、うちの会社やってみる気はないか?」

普段から口数が少なく、私が妻と結婚してからも、あまり会話したこともありませんでした。

そんな義父が、娘婿の私に対してこのように言うことは、とても勇気が要ることだったと思います。

それまで私は12年間、家庭を顧みず、生命保険会社で好き勝手に働いてきました。

そのせいで勝手にカラダまで壊して。

そんな私の家庭をしっかりと支えてくれたのが、妻です。

家事もすべてこなし、その上、とても忙しく仕事をしています。

心から感謝をしています。

そんな妻を生み育ててくれた義父の勇気ある問いかけに対してNOはないだろう、と思い、

ほぼ即決で「私が会社を引き継ぎます」と答えました。

そんな経緯で、弊社の事業承継は始まったのです。

 

〈次回へ続く〉

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